数多の世界を組み上げたモデルがあるとする。そのひとつひとつに彼が存在する確率は如何ばかりなのだろう。事象の境界線を謳う男は、黒の中に一際目立つ緑である。握るナイフが夜の街灯を弾いて、澄んだ。
 闇に光る金の瞳。彼、が嫌う猫の瞳はじろりとラグナを睨み上げる。目を細めて世界を眺める彼にはどんな景色が見えているのだろうか。自分には、とても、理解出来ないと息を吐いた。
 何人目。そう訊ねることすら億劫だ。その度に出会って、確認して。今回もまた同じ手順を踏むのだろう。億劫だと思いつつも決して欠かさない自分がまた、億劫だった。
「どっちだ」
 二つの魂が存在するだなど、それだけで怪奇現象だ。だが確かに彼の中には全ての元凶が存在している。彼自身はその男の魂に潰されて薄れて消えていく。男のために産まれてきたと嘲笑っていたのは何人目だっただろう。
 疲れた声で誰何すれば、彼は茫と首を振った。
「誰なんです、あなたは」
「テメェで考えろ」
「覚えている、ですが覚えていない。私はあなたを知らない、ですが私はあなたを知っている」
 解りません、と力なく笑う彼の、鈍く光る金の瞳は笑っていない。器が幾ら切り替わろうとも侵食はリセットされない。彼が消えて行く厳然たる事実もリセットはされない。
「知識の上では知っています。『ラグナ・ザ・ブラッドエッジ』それがあなただ」
「それでいいなら、俺はこれ以上何も言わねえ」
「良くない……私の中の誰かが、良くないと叫ぶ。何なのでしょうか」
「来いよ」
 夢に遊ぶような足取りだ。嘲笑を含む目は彼ではない。縋るように差し出された手を握った。例えば、とラグナは夢をみる。
 例えば、あの男がいなければ、どうだっただろうか。自分と彼は決して出会うことはなく、しかし平穏な世界。繰り返す睦言の虚しさも、苛烈なまでの愛情も、山羊の瞳もそこにはない。暗澹たる現状に比べなんと輝きに満ちているのだろう。青空に開けた視界の先、どこにも存在しない緑の髪。
 肩口に顔を埋める彼を見やる。毒色の緑は美しいまでに闇を穿ち、光を飲んで暗いままだ。それはこの暗い世界にしか存在できない色彩なのかもしれない。
「ラグナ……君」
「アンタは、いつもそうやって呼ぶな」
 彼の魂はどこまでつながっているのだろう。彼の心に自分はどこまで、刻まれているのだろう。
 言葉にはならない。言葉にはできない。子供のように駄々をこねるには少し年を食い過ぎてしまった。だから、とラグナは腕に力を込めた。
「ラグナ君」
 外のことなど、何も知らない。